菊島西洋堂東支店

すももの昔ばなし

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みなさんに出会うまでは、こんなことがありました。

果樹栽培されているすももは大きく分けて2種。ヨーロッパスモモのなかのドメスチカスモモと東アジアのニホンスモモです。私たちが使う「すもも」はこのニホンスモモでして、その昔ばなしをしたいと思います。

 

中国で生まれたニホンスモモ

ニホンスモモは中国の揚子江沿岸の地域で生まれたと言われています。ウメと同じで雨や病気に強く、桃よりも長生きします。余談ですが、同じ中国でも黄河上流で生まれたのがモモやアンズなんです。

中国ではスモモは古い時代から栽培されてきました。17世紀ごろには果実の色や形、品質などに多種多様のものが現れ始めます。

 

ようこそ日本へ

中国で誕生したニホンスモモは、はるか昔に日本にやってきました。その証拠として「古事記」や「日本書紀」などに掲載されています。
江戸時代に入ると次第に栽培が普及していきましたが、なかなかメインで栽培されることは無かったようです。いろんな品種があっても「ニホンスモモ」としてひとくくりになっていたんですね。

明治時代に入ってからようやく品種ごとに名前が付き始めました。例えば山梨のカブト李(すもも)、京都の「寺田」などがポピュラーだったとか。
大正時代に入ると、アメリカからフォーモサ、サンタローザ、ケルシー、ビューティー、ウイックソン、ソルダムなどの雑種品種が入ってきます。現在でもサンタローザ、ソルダム、ケルシーあたりは栽培されていますね。これらが今日の品種の祖先となります。

   

戦後から改良されたすももたち

福島県の大石俊雄さんは、アメリカから入ってきた品種のうち、フォーモサを改良しました。ここから誕生したのが、大石早生(おおいしわせ)、大石中生(おおいしなかて)、早生月光(わせげっこう)たち。
また、他の品種ともかけ合わせたり、枝変わり(一部分の実が突然変異で異なり、その実をならせた枝)を増やしたりして改良していきます。こうして各地で栽培が行われるようになっていきました。

 

今日のすもも栽培

近年のスモモ栽培は著しく、山梨県、和歌山県、長野県などの産地を中心に栽培されております。多いときには全国生産量は約3万トンでした。残念ながら農業者の高齢化にともない生産量は減っていきますが、私たちはこれからも「すもも」を栽培していきたいと思っております。
ニホンスモモ自体は枝変わりしやすい性質を持っていますので、これからも偶発的にすももの新品種が誕生していくことでしょう。今後もどんな品種が出てくるか楽しみですね。

 
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